二章 心の扉
(だいじょうぶだって? そんな、龍がそんなこというはずなんてない)
 確かに目の前にいるのは人間の姿をしているが、気配は龍。おそらく先ほどの龍だろう。
 その龍から思いもしない言葉が飛び出したのだからノエルは驚きを隠せなかった。今まで龍とはほかの種族に自ら興味を示さないと思っていた。
 だがこの龍ときたらどうだ、自分の身を言葉ではあんじてくれているではないか。
(ううん、言葉にだまされちゃだめ。本当は別のことを考えているのかもしれない。でも、もし本当なら……)
 果たして信じていいものかどうか、それはノエルにはわからなかった。
 だが、みんなが龍族との接触を極力さけていたことは事実だ。信じない方が妥当だろう。
 ノエルの考えがまとまった。
(やっぱり信じられない。どうにかしてこの龍から逃げる方法を考えなくちゃ)
 そして龍の方を横目でみる。
 まだ人間の姿をしていて、奥で何かしている。
 器に水をくんで、何かを混ぜてこちらへと歩いてくる。
 そしてノエルの前に来ると龍はしゃがみ込みその器をノエルの口元へと差し出した。
(飲めってことなのかな。でも私はまだうまくできないけど風から力をもらえるから何も食べなくても平気なのに……いや何も食べないのが普通なのに)
 初めのうちは必死に飲むまいと抵抗していたが、何ともとれない力に負け、器の中身を口に含んだ。
 とても苦くそして酸っぱい味が口の中を広がる。そしてノエルの体はその液体を完全に拒否し、はき出してしまった。
(うう、何これ。凄くいや感じがする。やっぱり私を殺すつもりなのかも)
 このときノエルはこの龍の真意に気づいてはいなかった。


 
「どうしてうまくいかないんだろう」
 シルヴァはため息混じりにつぶやいた。
 あれからいろいろ試してみたがいっこうに警戒を解いてくれる気配を見せず、栄養剤も飲んでくれない。
 かといって今傷薬を使えば体力を大きく消耗させてしまい命の危険にさらすことになる。
 とりあえず少女に声をかけてみることにした。
「なあ、僕はどうすればいいんだ?」
「……」
 返事はかえってこない。
「僕のいうこと聞いてくれよ。なあ」
「……」
 もちろん返事はかえってこない。
「はぁ」
(今まで人間なんて助けたことなんかなかったからなぁ、どう接してあげればいいんだろう)
 そう、ここは人里から遠く離れた龍の島の一つ。そのためこの島に住む妖精や動物などは助けたことはあるが人間を助けたことは一回もなかったのだ。

 しばらくの沈黙

 その沈黙を破ったのはシルヴァの方だった。
 まあ自発的にではないのだが……
 
 突然シルヴァは何かに背中を思いっきりたたかれた
「のわ!」
 驚いて後ろを振り向く。そこには銀髪の女性の姿をしたレムレスがたっていた。
「何するんだよ姉さん」
「もう怪我の手当てが済んだのかと思ったらまだ何もしてないじゃない。何のろのろやってんのよ」
「だっていうこと聞いてくれないんだよ。栄養剤飲ませないで傷薬使えないだろ」
「だからのろいって言ってんのよ」
 そして少女の方をちらりと見ると、
「しかし珍しいわね人間だなんて」
 とつけたした。
「だろ、それになぜか魔法の残り香も感じるんだ」
「魔法の残り香? こんな少女が魔法を使うっていうの?」
 そこでシルヴァは今までのあらすじを話した。
 その後レムレスは少女を確かめるかのようにしゃがみこむ。
 そしてじっくり観察し、しばらくして驚きの声をあげた。
「ちょっとまってクロ、これ本当に人間? こんな色の髪と瞳を持った人間なんて見たことも聞いたこともないし、それにこの子人間の気配じゃないわよ。ちょっとごめんね」
 おびえる少女の顔を見、触れ、そして口を開く。
「この子・・・・・・たぶん人間族じゃないわ」
「え? それってどういうこと」
「人間にしては魔力強すぎるし、それにこの耳、とがってるでしょ。人間の耳は丸いわよ。今のあんたもそうでしょう。それにここまで風の力を具現した色を持つ瞳なんて、人間にはありえない」
「そういえば確かに。じゃあこの子はいったい・・・・・・」
「おそらく然幼族だと思う……話でしか聞いたことがないから良くわからないけど」
「どうしてそう思うんだ?」
「お爺様が言ってたのだけれど、この世界の自然の水から土、森、何から何までもを司っている人間の子どもに近い姿をしている種族があるらしいの。すべてを司っているって言ってもひとつの種族でいくつもの部族にも別れていて各部族がそれに対応した要素を司っているらしいのだけれど。それから考えるとおそらくこの子は風を司る部族の子ね」
「へえ、でももしそうだったとして、どうしてそんな知る者の少ない種族の子がこんなところに」
「そんなこと分かるわけないじゃない。きっと何かがあったのよ。そうでなければこんな深い傷を負わないでしょう」
「まあそうだけど……」
「そんなことよりも手当てを始めるから出てって」
「なんで?」
「この子どう見たって外見は女の子でしょう。ほら行った行った」
 そういってシルヴァを押しやる。それからしばらくしてシルヴァは言われたことを理解し、
「わかったよ。いいというまで外で待ってればいいんだろ」
「そ、わかってるじゃない。クロおりこうさんおりこうさん」
「その呼び方と言い方はやめてよ。鳥肌が立つ」
 そういって外へと出て行った。



 また別の人が来た。おそらくこの人も龍だろう。さっきの龍と気配が似ている。
(何を話していたのかはよくわからなかったけどさっきの龍は出て行ったみたい。見張りの交代なのかな)
 ノエルはそう思いながらもひたすらここから脱出する術を考えていた。
 いい案は思いつかなかったが。
(そういえばこの人、手当てがどうとか言ってたっけ。いったい何をするつもりなんだろう)
「・・・・・・ねえ」
 恐る恐る銀髪の女性に話しかける
「何? どうしたの」
 その女性から優しそうな声が帰ってくる
「その・・・・・・私を、私をどうするつもりなの? えと・・・・・・殺すつもりなの?」
「殺すだなんて、そんなわけないでしょう」
「だって、こんなところに私を縛り付けて・・・・・・それにあなた達、その・・・・・・龍なんでしょ。みんなは、龍は怖い生き物だから出会っても近づいちゃだめって言ってたし・・・・・・」
 その言葉に女性はすこし驚いた様子を見せた
「あなた、私が龍ってことがわかるの? でも、そうね、確かに龍族には凶暴な種族もあるわよ。でもそれはごく一部なの。わかる? ほんとは龍族は穏やかなものがほとんどなのよ」
「信じられない、だって体は大きいし、力も魔力も強いし。ハウエルも龍にはかなわないって言ってた」
「そのハウエルていうのはどれくらいの力の持ち主かわからないけど、まあ確かに龍族はほかの種族よりも魔力も力も強いわね。でもそれだけのことよ。それ以外はどの種族もあまり変わらないわよ。それよりあなたは怪我を治すほうが先、ちょっとじっとしていてね今戒めを解くから」
 ノエルはチャンスだと思った。結界が解かれる。脱出する大きなチャンスではないか。この機を逃してはならない。絶対に脱出に成功しなくちゃ。
 龍の女性は何重にも巻きついている結界を解きながらもなお語りかけてきた。
「ねえ、あなたって本当に然幼族なの?」
「うん・・・・・・」
「じゃあさ、どうしてこんなところにきたの?」
「え?・・・・・・ここへ連れてきたのはあなたたちじゃないの?」
「まあ、洞窟に連れてきたのは私の弟だけど、覚えてないの? あなたは海を漂ってたらしいじゃない」
「知らない・・・・・・覚えてない」
 そう話をしている間に縛り付けられていた結界はすべて解かれた。


――今だ!
 そう思うや否やノエルは全力でその場から飛びだった。
「待って」
 後方から龍の女性の声が聞こえてくる。
 それを無視し、体が痛むのを我慢しながら全力で出口を求めて飛び続ける。
 ふと後方から違和感を覚えてノエルは体を右にそらした。
 その刹那、いくつもの光の筋がノエルの体をかすめていった。
 そしてノエルの前方でその光の筋が網状に広がりノエルに向かってくる。
(捕縛呪文? これに捕まったらまたあそこへ連れ戻されちゃう)
 その間にも十にもなる光の筋が螺旋を描いて向かってくる。
 加速して一気に切り抜ける。
 正面から二本の筋が上下から、その奥からはさらに二本の筋が左右から向かってくる。
 第一波を左にそれてかわすと第二波を攻撃魔法で相殺しさらに先へと向かう。
 後ろからいくつもの筋が迫ってくる。
 ノエルは速さを保ったまま後ろへ振り向くと全力で魔法を唱えた。
 これでほとんどの魔法を相殺する。
 前へ振り返る。
 その間にも数は減ったものの捕縛魔法が迫ってくる。
 そしてノエルを捕らえた。
 ノエルはそれを強引に引きちぎる。
 もう捕まる恐れはない。
 すべて魔法は打ち破った。
 もう出口だ。
 光が見える。
 そしてその光に向かってノエルは一気に加速した。


 
「・・・・・・・・・・・・暇だ」
 いま自宅で何が起こっているのかも知らないシルヴァはのんきに呟いた。
「外で待ってる理由はわかるけど、待ってるのって長く感じられるな」
 はあっとため息をついたそのときだった。
 シルヴァの背中に何かが思いっきり激突した。
「ぐはっ」
(またか、今度のはさっきのより痛い)
 きれいな放物線を描いて数メートル先の地面に頭から激突する。
「いたたた、今度は何だ?」
 そういって振り向いて一瞬目を疑った。
 そこに今レムレスが手当てしているはずのあの少女の姿があったからだ。
 少女はあっと声を上げると一目散にシルヴァの頭上を跳び越していった。
(まずい、あんな状態で派手な魔力を使ったら)
 そう思うよりも早くシルヴァはその少女を追った。
 


(とりあえず外へは出られた。後は……)
 ノエルは一気に上昇した。
 もう島の全貌をみられるほどの高度まできている。
「とりあえず、脱出は成……」
 言葉を最後まで言うことはできなかった。
 彼女の体に異変が生じたからだった。
 脱出した際の行程でどうやら魔力を全部使い切ってしまったらしい。
 ノエルの背中から羽が消え、それと同時に落下を始める。
「そんな……せっかく脱出できたのに……これで私も終わりか……」
 体が地表に向かって加速しながら落ちていく。
 もう止めるすべはない。
「さよなら、ハウエル……」
 目を閉じる。
 ノエルはもうこれで死んだと思った。


 少しして落下する速度が弱まり、体を誰かに抱きかかえられた。
 とても温かい手だった。
 心が安らいでとても気持ちがいい。
(死ぬってこんな感じなのかな……なんだか気持ちがいい)
 ずっとこうされていたいと思った。
 何か聞こえる。
「……りしろ」
 何だろう。
 耳を傾ける。
「おい、しっかりしろ」
(しっかりしろだなんて、死んでるはずなのに…………あれ? もしかして……私は生きているの?)
 もしかしてと思って目を開けてみる。目を開けられるという時点でノエルは生きていることを確信した。でもあの声はいったい誰が、聞き覚えはあるが思い出せない。
 そして視線を上へと向けた。
 そこにはあの黒髪黒眼の人間の姿をしたあの龍の顔があった。
 驚いて目を閉じる。
「怖がらないで、お願いだから」
 あの龍の言葉だ、なぜか涙ぐんでいるような声に聞こえる。本気で心配しているのだろうか。それとも上辺だけなのか。ノエルにはそれが分からなかった。
 それでももう一度目を開けてみる。
 確かにそこに龍の顔があった。だが、目には涙が宿っていた。
 その様子を見て、ノエルの心から少し疑いが消えた。
 龍が口を開く。
「良かった、君が無事で。どうしてあんなことをしたんだ。お願いだから俺を悲しませるようなことなんかもうしないでくれ」
 ノエルはその言葉に心を打たれた。この龍の言葉真正面から初めて受け止めたのだった。まだ怖いという気持ちもあるが、それ以上に自分を情けなく思った。自分の行いがこの龍を悲しませる結果になったからだ。
 ふるえる唇で力のない声で、ノエルはこの龍に対しての謝罪の言葉を言った。
「ごめんなさい……どうしてもあなた達が怖くて」
「ごめん、こっちだってあんな強引な仕方をしてしまったのだからしょうがないさ、オレたちだって悪い」
 
 少し間をおいて思い出したかのように龍が口を開いた。
「そういえば、まだ名乗っていなかったね。オレ、シルヴァっていうんだ」
「……シルヴァ……?」
「そう、シルヴァ。真名は違うんだけど安易に明かしちゃいけないことになっていてね。そのときになったら教えるよ」
 真名?そうつぶやいてノエルは首を傾げる。
「よくわからない……」
「今はそれでいいよ。そうだ、君の名前、君の名前はなんていうんだ、教えてくれないかな」
「うん、私……私は、ノエル……ノエル・ウェンディ」
「ノエル・ウェンディっていうのか。いい名前だね。ノエルって呼んでもいいかな」
(ノエル……)
「うん。でも、さっきはほんとうに、ほんとうにごめんなさい。ちゃんと……あなた達のいうことを……聞いていればこういうことには――」
 言葉は最後まで言えなかった。ノエルの体から力が抜ける。気を失ったのだ。
「ノエル? ノエル・・・・・・よっぽど疲れていたんだね、ゆっくりお休み」
 腕の中で寝息を立てて眠っている少女にそう声をかけた。
 安心したのだろう。とても穏やかな寝顔だ。
 シルヴァはその寝顔にしばらくみとれていた。

 すこしして、後方から声が聞こえた。レムレスの声だ。
 おそらくノエルを追ってきたのだろう。
「クロ! そっちに少女がいかなかった? 結界を解いた折に逃げ出しだしてしまったんだけど・・・・・・・ってクロが抱えてるのって!」
「うん、まあ、なりゆきでね。あ、でも今は静かにね。眠っているから」
「え、眠ってる? クロの腕に抱えられながら? どうやって手なずけたの」
「手なずけたって・・・・・・姉さん、嫌味にしか聞こえないんだけど・・・・・・」
「あ、分かっちゃった? クロしにては上出来!」
「・・・・・・正直こんなときに良くそんな冗談が言えるよね」
「ん、そんなことよりその子はどうなの? また縛り付けとくの?」
 その問いに対し首を横に振りいった。必要ないとう合図だ。
「いや、もうそうする必要はないよ。やっと信用してもらえたようだからね。この子の名前も教えてもらった。ノエルって言うらしいんだ」
「ノエル・・・・・・それって。であなたはなんて名乗ったの? まさか真名を名乗ったわけじゃないわよね」
「ああ、シルヴァって教えたさ」
 この言葉にレムレスは絶句した。
「・・・・・・」
「どうしたの? そんな固まって」
「それってあんたの真名よ。何教えちゃってるのよ」
 この言葉にシルヴァは驚いた表情を見せた。
「何言ってんだよ。オレの真名はシルヴァじゃないよ。身内はそう読んでるけど。第一オレの真名は爺さんしか知らないしね」
 レムレスは安堵の息を漏らす
「なんだ、それなら安心した。でも信用してもらえて良かったじゃない。ふふふ、おかげで私の医学の腕が振るえるってもんよ」
 いかにも嬉しいとも言わんばかりに手を合わせる。
 顔は口では言えないような表情だったが・・・・・・。
「姉さん、怖い。目光ってますよ目が」
「それはさておき一旦ボロ屋に戻ろっか」
「ボロ屋って・・・・・・」
「だって晴れでも雨漏りしてるじゃん」
「あれは湧き出してるというんです。決して漏れている訳じゃありません」
「同じことじゃない、あんな不快空間なんてボロ屋で十分よ」
 シルヴァは大きくため息をついて
「俺にとっては快適空間なんだけどな。ま、しょうがないか」
 そういって二人は少女を抱えて洞穴へと戻って行った。



(ん、ここは・・・・・・あの洞窟か・・・・・・)
 ノエルは目を覚ますと以前脱出を試みたときにいたあの空間が目に入った。今は以前とは違い、恐怖は感じないが。
 とりあえず以前と同様身を起こしてみる。
 特に変わったところはない。
 そして無意識のうちに腰の辺りを見ていた。
 が、今回は結界が張られてはいなかった。
 と、そこへ声がかかる。
「気がついたようだね。ノエル」
 右を振り向くとそこにはシルヴァが座って何かの準備をしていた。
「うん。えと・・・・・・シ、シルヴァ。今、何をしているの?」
「え? ああ、薬を作っているんだ。昨日君が吐き出してしまっただろう?」
 昨日飲まされたあの液体のことだろう。でも
「あの……私、そういうの飲めない」
 ためらいながら言った。
「だめだよ。元気になるにはちゃんと飲まないと」
「違うの、私……もともと食べるとか飲むとかそういうことができない体なの。私の口は息を吸ったりしゃべったりするものなの」
 シルヴァは驚いてまじまじとノエルを見、再び口を開いた。
「何も食べない? それじゃあどうやって君は体を保っているんだい。体を動かすにも何をするにもエネルギーがいる。そのエネルギーを君はいったいどこから」
「うん、私たち然幼族はね、自分の担当する要素から少しずつ栄養をもらってるの。だから今こうしている間にも少しずつだけど力が戻ってきてる」
 この言葉にシルヴァは一瞬とまどった。どう反応していいのか分からなかったからだ。いくら妖精の一種とはいえ、血肉を持っている種族である。だから、シルヴァはこの種族もまた自分たちと同じように、食事をとっているのだと思っていた。
「自分の属するものから養分をもらう……そんな種族がいただなんて」
 そして少し考えてからノエルに質問をした。
「というと君は、風の力を糧にして生きているのか?」
 その問いに対しノエルは首を縦に振りながら答えた。
「うん、そういうことになる。あと名前。私、キミっていう名前じゃない。ノエルっていう名前、ある」
 シルヴァは苦笑し、
「ごめん、ノエル」
 と謝った。
(ノエルかぁ……創世の言葉で降誕を意味する言葉だ。変わった名前だよなあ)
ふと思い立ってノエルに訪ねる。
「なあノエル、君の名前って、誰がつけたんだい?」
 それにノエルは首を傾げる。
「わからない。生まれたときからこう呼ばれてた。でも……」
 ノエルはどうしてそんなこと聞くのという目でこちらを見ている
「ううんなんでもない……ごめん変なこと聞いて。それより体の方はどう? 昨日あんな無茶したんだから相当まいってるんじゃないのか?」
「わからない、でも体中が痛い。手を動かしたり、足を動かしたりすると凄く痛む」
 そういって手を動かしてみせる。その顔は、なにか苦しげな様子だった。そしてシルヴァの心配そうな顔を見てあわてて
「でも大丈夫。こんなのすぐ治る」
 と付け足し、立ち上がって見せた。というより、無理矢理立って見せた。まだうまく力が入らないのか、足は力無くふるえている。
 ふとシルヴァは一つの異変に気が付いた。ノエルの手足の関節でもない場所が不自然な方向に折れ曲がっていたのだ。
――骨が折れている
 そう直感し、あわててノエルを元の位置に寝かしつけると、ノエルに向かって
「ノエル、キミの考えている以上に重傷だ。それに、薬を飲めないと分かった以上今手元にあるものだけでは治療は不可能だしね。いま姉さんを呼ぶからそこでおとなしく待っていてくれないか」
 と告げた。
 が、ノエルはその言葉に応じなかった。震える声で、抗議をする。
「大丈夫。さっきだって立てたし。それに一人になるのはいや……怖い」
 確かにここは龍のすむ地で、見知らぬ場所でもある。ノエルが怖いというのも分からなくもないが。だめだ、ほかの龍に知られたらどうなるかも分からない。
「いうことを聞いてくれよ。それにここはオレと姉さん以外はここには来ない。他のみんなが嫌っている場所だから。それに他のみんなは君のことを知らない。他のみんなによけいな刺激を与えることは良くない」
「でも……」
 それでもと、ノエルは不安な表情でこちらを見つめてくる。
 シルヴァはため息をつくと少し気が引いてしまうが、これしか方法はないだろうと、一つの手段にでた。
「わかった。じゃあオレはここで君に少しの間眠っていてもらうことにするよ」
 そういって魔法を紡ぎ始める。
 暖く心地の良い春の息吹の混ざった風が、ノエルの周りに集まっていく。
「いや、まって……」
 ノエルがそういうやいなや魔法が効果をあらわしはじめた。龍の強大な魔力に、対抗もできずノエルの意識は闇へとおちていき、まもなく寝息を立てて眠り始めた。
「まったく、ここが龍の地だから怯えるのはわかるけど、君がここにいるのがばれたら大騒ぎになるんだ。ごめんよ」
 シルヴァはノエルの頭を優しく撫でると、龍の姿に戻り洞穴を後にした。

――さてと、どうしたものかなあ。
 ノエルは何も食することができないとわかった以上、今手元にある薬による治療は無理だろう。かといってそのままにしていても治るのに半年はかかってしまう。
 しかし、半年もノエルをかくまっていたらそのうちぼろが出てばれてしまうだろうし。
 悔しいけど結局のところは姉に頼らざるを得ないだろう。
 複雑な感情の交ざったため息をつくと、四枚の翼を広げ、レムレスの家へとシルヴァは飛び立った。

backnovelsnext